フォアグラといえば世界三大珍味の1つであるが、その歴史は遠くエジプト時代にまでさかのぼる。当時すでにエジプト人たちは、干しイチジクやなつめやし、麦などをガチョウに与えて飼育し、その肝臓を食していたようだ。彼らは渡り鳥が渡り始める前に食物をしっかりと摂取して体力をつけることを知り、栄養のある食物を与えることでその肝臓を美味なるものとし、食していたのである。
ちなみにエジプト時代の王様や貴族の食卓は非常に豊かであった。もちろん一般庶民もである。すでにメソポタミアからワイン作りも伝わっていたし、パンを原料として作るビールもあった。肉類は牛・豚・羊・山羊・カモシカ・鵞鳥・水鳥・鶏・アヒル・うずら・鶴・ハト等と非常にバラエティー豊かだし、魚類もナイルで捕れる魚やその加工品(カラスミ)・エビ・カニ・うに・ムール貝等の貝類も食卓にのぼっていた。
そういう環境の中で、フォアグラを生産していたとしてもなんら不思議なことではないのである。興味深いのはその当時の果実、ぶどうやイチジク、なつめやしなどはフォアグラと非常に相性がよく、現在のフォアグラ料理の付け合わせなどにも好んで使われることだ。何千年のときを経ても人間の味覚はあまり変わっていないのである。
エジプト時代からギリシャ時代を経てローマ時代へと歴史の主役は移り変わったが、フォアグラもまた、引き継がれてきた。1世紀のローマ人アピキウスが著した『料理帖』に登場する雌豚の肝臓料理 ficatumは 「無花果」を意味する ficus に由来するが、これは鵞鳥の代わりに安い豚を使い、無花果を大量に食べさせ、太ったところでその肝臓を取り出し、ワイン・オリーブ油・胡椒などで作ったソースをかけて食べたという記述がある。
さらにガチョウのフォアグラに関しては、そのガチョウを殺す前日にハチミツ入りのブドウ酒を大量に与え、フォアグラの風味をよくすることと共に、ガチョウに苦痛を与えずに殺していたというが、その効果がいかほどだったかは分からない。こうして当時の王様や貴族達の舌を満足させたフォアグラ料理だが、ローマ帝国の滅亡と共にいったん歴史の表舞台から姿を消すことになる。
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